Talk-onetree |一木 聡 satoshi ichiki |sichiki いろいろなデザインについて考えています.

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2012年12月16日

windows8について感じたこと


  ようやくまともにインストールできた感のあるWindows8。感じたことをつづります。
  Vistaからのアップグレードです。

  1. 一番インパクトのある「スタート画面」というのは結構楽しい。並べたり、向こうに持って行ったり。PCに入れっぱなしのソフトも「アプリ」として均されるのでちょっと違う感覚。ソフトすべて消したが問題なく再インストールできた
  2. WindowsストアはPCを買ったばかりでもネットつながれば楽しめる存在。でも効率的なアプリは良いものが少ない。
  3. レスポンスが非常に早いので「作業しましょう感」が高まる。
  4. デスクトップは「作業場」という雰囲気、スタート画面は壁に貼られた作業道具やメモのある「ピンナップボード」という雰囲気
  5. 106キーボードに変更するのに苦労した
  6. アウトルックエキスプレスやWindowsメールの完全廃止は最初違和感があったが、すっきりして良いと感じる
  7. クラウドサービスの統合を試みているが、総合デパートとしての魅力はいまいち。iTunesやGoogleをいちテナント的な扱いとしたいのかもしれないが設計に奥深さがついていない感じがする
  8. でもiTunesやGoogleとの相性はなかなか良い(音楽・写真ということを含め)
  9. 仕事やアクティビティがバラバラと散らかってしまう時、とにかく直線的にスピーディーに整理したい人には良いかも
  10. Microsoftの開発責任者が言うには、タッチパネルはキーボードやマウスの作業性には全く届かないものの、直感的楽しさ、これからの可能性というワクワク感で存在意義があるとのこと
  11. 設計者が楽しんで作ったと感じる

2012年9月15日

2012年9月5日

2012年8月31日

土門拳と室生寺

murou-ji nara. japan



写真家、土門拳の足跡を辿り、奈良・室生寺へ。

土門拳氏の写真を初めて見たのは20年くらい前でしょうか、山形県酒田市にある谷口吉生氏設計の「土門拳記念館」を訪れた時でした。ウチの両親が「どもんけん、どもんけん」と言っていたので自分なりに学校の図書館で調べたことを思い出します。

それから近所の古本屋で「日本の寺 京都」という分厚い本をかなり安く購入し、渡辺義雄さんや二川幸夫さんと京都の寺社を撮影した写真集を見、その頃はGAなどで比較的二川さんの写真を見慣れていたので、二川さんの写真が持つ間とか空気感により大徳寺の景を捉えていたのとは違い、西芳寺や竜安寺の写真、というよりも「石!」とか「苔!」とか「竹!」とかいう撮影者の頭の中にへばりついた像を表現するような写真はよく分かりませんでした。

しかし、それからずいぶん経って小学館文庫から出版されているポケット版の「土門拳 強く美しいもの」という本を購入し、ぼくとつとしていて愛すべき人間像を知り日本の美というものにここまでロマンを持ってして追求し、自分の美しいと思ったものを残したいという情熱は凄いものだと思いました。そうして気づいたら同じ本を何度も何度も読み返していました。

それから古寺巡礼に関するもの、報道に関するもの、木村伊兵衛さんとの対談など色々なものを見て、ついには撮影に関する事まで知りたくなりました。私の同年代の写真を生業としているひとからはダサいの一点張りでしたが、美術という観点から写真の重要性を自分なりには感じておりました。今でさえ”Pinterest”にはヘンテコな日本の写真が出たりしますが明らかに合成や編集され粉飾が加えられたものがたくさんあるし、外国の庭園にみられる日本風庭園には冗談のようなものがあるように思います。

そのときに、氏の写真が持つ説得力がこれ以上なくわかりやすい、ごまかせない形で日本の美というものを捉えているのではないかと思っています。徹底的に余計なものを省いたのが日本の美学の本質という人もいますが私は決してそう思わないし、ギリギリのところで必要である装飾、ディテールに素晴らしいデザインがあったからこそ空間の豊かさを素晴らしいものに仕上げていったのであろうと思っています。それを1000本ノックのように執拗に生きる証のように表現として残そうとしたのが氏の情熱の源ではなかったかと私は考えています。


さて、そのような写真家がライフワークと言っても過言ではないまでに撮影に取り組んだのがこのお寺。ステップを踏むように山の斜面に沿いながらお堂が配されています。建築的な観点から写真家を魅了したのか。そうではないように思います。

この室生寺を語るにあたり、土門拳は村の人との出会い、故荒木住職から教えられた冬の室生寺の美しさについて大事に語っています。この場所に通い、久方ぶりに人と語らいながら美しい季節感のある境内を撮る。それが嬉しかったのでしょうね。そしてこの寺の隅々までを愛していたのでしょう。

実際その地に行ってたたずんでみると、想像していたものと同じ美しさがあり、写真が語りかけてきていたものが多くあったように思います。

国宝である金堂(写上)とても小五重塔(写中)奥の院(写下)に至るまでの道は凄くおおきな杉林の中、相当険しい階段でした。しかしながら来る人すれ違う人は皆元気で明るく清々しさがありました。木立に埋もれながらそれぞれが小さく、こどもにもご老人にもなじみやすい大きさがある。それでいて国宝とさえなっており、独自のデザインや存在感を持っている。「女人高野」といわれているようにシャクナゲの美しさや十一面観音の柔和な表情。

私は弥勒堂の釈迦如来座像を見て有名な土門のアングルと実物とのギャップに驚きましたが、寺はもちろん一つのものものに、世話になった室生に感謝の気持ちで撮影をしていたのではないだろうかとさえ思います。

2012年8月27日

心象を形作る庭    …宮城県立美術館の庭

 Garden of  Miyagi Museum . sendai 



美術館というとレンガのイメージで、静かで、緑があって。
そんな心象が作られた場所。
でも同じようなイメージを持った人も多いのではないでしょうか。

この建物が全国に数多く美術館を手掛けている、故前川國男氏の設計であるせいかもしれません。氏の建築はどちらかというと無骨でマッシヴ。一つ一つの存在感があるタイルで仕上げられているんですね。


最近改装された東京都美術館も分かりやすいですが、道路などのおもてに対してエントランスを後ろに引いて配置を取っている。その分前面に取られた空間やアプローチもしくは回遊する空間は建物と同様にそれぞれが意味のある間(余白)があるんですね。そうすると歩く度に呼吸が出来て、美術館建築という(それがふさわしいかどうか分かりませんが)、施設自体の存在が消えかかる。美術品までの導入、そこまでの気持ちの作り方が施設にとって使命であるかのよう。幼子に添える手のような。ぬくもりの有るタイルをチョイスするのもなんとなく分かるような。

このまちへの美術館施設のありかたとして緑の中にひっそりと佇む庵のごとき。というのを考えたのかもしれないですね。むしろ傍を流れる川や山の存在をしっかりと捉えたのかもしれない。


この施設が持つ回遊空間には(増築部分も含みますが)色々な仕掛けがあり、その中に彫刻がちょっときもちわるいと言われてあまり人気のないアリスの庭(上写)や、白い柱を蛇行して水が流れるダニカラヴァンの彫刻(下写)、高低差から生まれる裏手の現代彫刻の庭があって裏手を流れる広瀬川の流れがどこか爽やかな気持ちにしてくれる場所。

安曇野のちひろ美術館もそうですが建物の印象よりもその外の方が楽しくて面白い。
子供の心象にはそんな気持ちが残るのかもしれませんね。


2012年8月26日

渋谷の井戸底。  …Bunkamura の中庭

 Bunkamura Lightwell. shibuya tokyo.

昔から美術館のあとに立ち寄る場所。
渋谷の喧噪が嘘のような井戸底。

よく見てみると光が届くようにガラス面を多くしていたり
静けさを増すために水の流れがあったり
建物のエントランスから照明を落とした長いアプローチも
この場所へ至るまでの序章のように抑揚のついたストーリーがある。
B1Fの各施設への動線もポルティコのようになっていて奥行きがあったり。

特異な形をした建物でさらに地下というロケーション。
悪条件を逆手にとった素敵な静寂だと思います。

2012年8月2日

The FDR Four Freedoms Park

New York City’s first Kahn Structure nears Completion (3) Aerial Cityscape Rendering - Credit: Franklin D. Roosevelt Four Freedoms Park, LLC

©archidaily The FDR Four Freedoms Park. N.Y.

フランクリン・ルーズベルトのメモリアルパーク。

この場所はルイスカーンというアメリカの建築家が亡くなる1年前、1973年にデザインされたようです。奇しくも私の生誕年であります。

たくさんの協力者により約40年の歳月を経てこの場所が完成されることにはアメリカの魂がこめられているような。激動の歴史、それが根底にありながら、この場は清廉で美しく見えます。

建築に出会った頃、感じていた高揚感。本当に久しぶりに感じることが出来ました。

この時代に、この場が生まれてくれたことに感謝します。

2012年7月23日

真珠の首飾りの少女

ファイル:Johannes Vermeer (1632-1675) - The Girl With The Pearl Earring (1665).jpg
  © wikipedia Girl with a Pearl Earring Johannes Vermeer 1665

この画、今まで日本には三回ほど来ているんですね。
前回、都美で開催されたフェルメール展に感動してまた足を運びました。

鑑賞している方々の意見を伺うと、睨まれたとか挑戦的とか意外な意見が聞かれました。
あまりに人が混んでいて圧迫されたためでもあるのでしょうが、印象の強さによるものも
あるのではないのでしょうか。

近くに飾られていたレンブラントの肖像画との差異が明確で、穏やかな現在の心情を
詠うかのように描かれ技巧の粋を尽くして描かれたという画との「強さ」の違い。

その印象は画であること独自の光の強さであることに気づきます。
谷崎潤一郎の陰翳礼讃の金蒔絵に関する記述のように闇の中に存在する鮮烈さ。
外光が届ききらない、ベネチア・ドゥカーレ宮殿の大議会の間の重厚な天井画。

窓際の一風景を印象的な光で抜いている様子のフェルメールの画とは違い、光によって
「浮かび上がる」肖像を描いているようです。

そういう意味ではラピスラズリの印象もあり鋭さすら感じる人がいてもおかしくないような。
「~のモナリザ」などと意味深げにいわれてもおかしくないような。

しかし、至近距離でじっと見ていると、鋭さよりふわっとした筆遣いの感じがして、私には
とても優しい顔に見えましたよ。

2012年7月14日

横浜 海岸通り| yokohama bayside

  三枚とも「スタジオ・ムンバイ展 PRAXIS/ Studio Munbai:Praxis」 より

2012年7月12日

鎌倉 長谷のあたり |kamakura hase. smallstreet

2012年7月5日

~をシェアする、ところづくり。



空間をシェアすると言うことはロスを少なくできる現代ではイニシャルを抑えられる必然的な手法なのかもしれない。たとえば漫画喫茶やカラオケなんかもそう。


昔から共用すると言うことに対してアジアの人たちはきわめてあたりまえのように受入られてきたように思う。三連長屋や隣に接した町屋などもそう


西洋ではどうだろうか。システムとして効率良くするためのシェアはあるものの壁を作ったりすることのイメージが強い。石や広い庭の家のイメージが強いせいだけであろうか


西洋のシェアの形には自治体の政治から戸先の小さな庭に至るまでとても構築的なものを感じる。元々まちやひとの生活というのは完成されていて、それを自分なりにどう過ごすかという。日本で言えば世界遺産に住むような


アジアや日本ではそれはボーダーが無く新陳代謝早く生まれては廃り新しくなりの繰り返しであったのではないだろうか。もちろん原風景というものはある。しかしめまぐるしくスタイルは変わっている


最近では先細りしてくような社会のイメージ(年金のせいか)が感じられるが、きっとシェアすることは特に大きな(法律的な)規則があるわけでもなくて、たくさんのひとが何かを共有したいという気持もシェアだろうし、そこには感動がある


新陳代謝を高めていくのであればノマドなどもこれからはスタイルとしてあり得る話だし、会社勤めの中で自分なりの自由を求める姿に近いかもしれない。でも、会社というものがベクトルであるのであればシェアというのはサークルのようなものであるから基礎構造が全く違う


ひととシェアすると言うことは風通しを良くすると言うことと同義であろうか。最近団塊世代の人たちでもひとと関わりを深くもつようなことにチャレンジするケースをよく見る。会社で築いたものとは違うコミュニティ。


子育て世代もそうであろうが様々な年代が色々なところで広い視野を持ちたいと思っている。共有したいと思っている。まちづくりはひとづくりと誰かが言っていたがまちという形ではなく、シェアづくり、というか「ところづくり」を考えたいなと思う。


(ツイッターから転載)

2012年5月20日

熊野における自然


和歌山県田辺市 熊野本宮大社大斎原、新宮市神倉神社、東牟婁郡那智勝浦町那智滝、新宮市熊野川 |KUMANO  wakayama.


自然崇拝、熊野。自然の力を見ると共にどれだけ人が自然と交わりながら生活を営んできたのかが、初めて理解できる場所。

色々な宗教思想、考えを元にこの場所は太古より重んじられてきたとされているが、私は神道の主幹とされる自然との交わりを大きく感じた。

日本という場所だけに海に囲まれ、川がその海に流れ込み、川は木々にうるおいを与え、木々は深き森を作り、森は人に一番近いところで神聖さ、静けさを与えてくれている。これが輝く太陽の下で絶妙のバランスを保ち(または保たれて)大切にされてきた場所であるだろうということ。その簡単で当たり前と考えている摂理が大切に感じられるのである。

しかし、それだけに平成23年の台風12号の傷跡は東日本大震災の被災地の記憶を呼び覚ますような惨状が未だに残り、木々の伐採も含めた将来への自然の変化、営みが思いやられる。

近くの伊勢にも内宮と外宮があり天の岩戸という起源を持つ奥の院がある。
大きくいえば紀伊の国、この場所にはいくつもの峠があり頂がある。その奥深さから自然の美しさと厳しさを体感できるところであったのだろうと思う。伊勢にも自然と神様との関係性については見えてくるものがあるものの、独自独特の素晴らしい建築群によって大きなフィールドであるような一体感に近いものを感じた。しかしながら熊野の地の場合については、それらは点在し、広く結ばれさらに自然に寄り添う(また同化する)位置づけになっている。

子供の頃から山を歩くと誰かに見られているような、話しかけられているような、そんな気持ちがあった。その時間というのはもしかしたら生きながらにしての「浄土」ということであって、それを知るためにこの地を訪れよと言っているような気もする。もちろん持論でありますが。

いずれにせよ、この場所を訪れるときはむしろ人と関わらずに、寡黙に自らを見つめながら周囲の空気感を感じることをお勧めしたい。

なぜ、元の本宮に行くときには川で足をぬらし身を清めたのか、なぜ本宮は中州に存在したのか、なぜ神倉神社の岩に降臨したとされているのか、なぜ古道は過酷な方の道を選んでいたのか、なぜ海に浄土を求めたのか、なぜ起源が不明なのか、なぜ那智の滝にではなく反対斜面に大社を設けたのか、様々な疑問があるのも、この場で立ち、体感してみると包まれる空気感で幾重もの信仰が重なりこの地が存在していることに関連していることを理解できそうな気がする。

だから、伊勢にも出雲にも無い独自の存在があるのではないか。

一度ではとうてい理解しきれない。また、行こう。

2012年5月19日

2K540



東京都台東区 (JR高架下) | 2K540 TOKYO Akihabara-okachimachi


仕事の関係でJR東日本都市開発のプロジェクト、「2K540」の見学に行ってきました。
倉庫などの低/未利用地であった秋葉原と御徒町の高架下を有効活用しアートのある、芸術家のいるものづくりのまちとして新たな人の流れを作るという、とてもコンサルティングライクな計画ではあるものの全体的にデザインコンセプトが統一されており清廉な印象を受けました。

高い目標を持って作った空間は、決してそうには見えないけれども共感できる何かを持っている。感じ取れる何かを持つことが出来ると過去に思っていました。たとえば、この空間であればイタリア、特にローマの寺院で見られる小規模であるけれども列柱の深み。

雨に濡れないということで自由な光の演出が可能になっていますが、それはサインを照らすものに配慮が成されている通常のアーケードやアトリウムのそれとは異なり、柱や高架下を照らすことに重みを置いている。

長いカプセルの中で、自由に演出できる空間を得た。
という感じでしょうか。

それがすべて電気で成されているのは、異論あるかもしれませんが旧来以前の公共空間から、日本でもようやく良い例が出てきたと思っています。空間はカラーやディメンションばかりでなく光や風や音で構築されてきたことを出来れば多くの人に感じて貰いたいものです。

2012年4月22日

唐招提寺・天平の甍


奈良市五条町 唐招提寺伽藍と飛ぶ鳥 川遠くに見る唐招提寺の森 | TOSYODAI-JI Nara.


井上靖の「天平の甍」を読んで、仰ぎ見ると
何ともいえぬ、感慨がある。
そんな気持ちになった人はこれまで多くいるのではないだろうか。
運命というもの、時代を紡ぎ合わせるということを感じさせる。

伽藍には動の面と静の面がある。

動の面には金堂や鼓楼、講堂などが配され、
軸上に馬道のある礼堂などが規則的に近接して立ち並んでいる。
それは、法隆寺のそれと似てはいるもののもっと近接している。
そして更にどうしても機能的に離すことの出来ない戒壇が離れて同じ軸上にならんでいるのも戒律を重んじるこの寺であるからこそか。いずれにせよ、裁判所のような機能ではあるもののことさら明るくからっとしている。

静の面には鑑真和上が無くなった場所とされる御廟、和上の像を安置している御影堂等に漂う空気感は奈良ではあまりなく路地的空間を織りなす京都の大徳寺や、木漏れ日のある西芳寺の境内を思わせる。

全体的にコンパクトであり、見るのはあっという間に終わるようにも思うが、金堂をはじめとしてひとつひとつの空間が丁寧に扱われており千仏の光背をもつ本尊や千の手を持つ観音様のものすごい存在感もただただ伽藍に溶け込み、全体が小振りな分、鑑真和上の精神が散らばらずに受け継がれその時代を感じられる収蔵品からも天平というその時代の豊かさや美しさに出会えるのではないか。
(天平の甍そのものも安置されている)

法隆寺はもちろん素晴らしいが、この寺にも柱や大手や鴟尾など見所が多くディテールの集まり全体をあっさりと統一感のあるようにまとめているようにも見える。

また、秋篠川(西堀川)からぐるりと回っていくと唐招提寺のこんもりした森を背景に園児が歩いていたり、釣りをしている人がいたり、小さなお堂に地域でお祈りをしていたりと何か清々しい空の大きさや水が育むこの周囲の穏やかな空気と出会えた。

物真似ではなく、本来のものを迎え入れるという大きな転換期。
そしてそれが日本独自のものを生む本当の出発点であったかもしれない。


天平ロマンという言葉はまだ生きている言葉かどうか分からないが
この寺を見ると、なんとなく、分かる気がする。