Talk-onetree |一木 聡 satoshi ichiki |sichiki いろいろなデザインについて考えています.

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2011年10月27日

A Design for Life-log

ougai mori  1862-1922

現代の作詩。

私は大昔、作詞家になりたかったので文を考えることは好きです。
今はTwitterやEvernoteにより最短距離で文を残すことが出来るので便利を感じています

森鴎外という人は直裁的に文を残すことの名人だったと思います。
書いてるものは全然違いますが、歳のせいか少し気持ちがわかるようになったような。

「ライフログ」という言葉があります。それに関する研究者も数多くいらっしゃいますね。
残すという行為がストックしていく。なにか、お金ではないけど財産が貯まっていくような。
大小そんな喜びがあるんではないかななんて思います。

考えるに詠うこと、作文すること、写真を撮ること、これらは感情を豊かに表現してくれ
自分だけの「何か」が残っていく。

「A Design for Life-log」 ですね。











2011年10月11日

15時から17時。

この時間帯

勉強してる学生や
学校帰りの学生や
買物帰りの主婦や
親子(買い物)や
老人(おひとり)
などいろんな人があふれる
にぎやかな時間。


これに
7時くらいになると
会社帰りの人が
加わってくる。


日本らしい
解放的な時間



よく、外国を紹介するテレビで午前中からのんびりしているシーンを見るけど、日本ではこの時間に集中して発散してる感じ。なんで、賑やかさが違うのかも。


ちなみにその時間は、西日だなぁ。と中庭を見ながら考えている

2011年10月3日

震災後移転について



仙台市の試算結果は多くて3000万円程度だという。内陸移転を前提としている中、従前地価が下がり、建築費負担がない現状で「住む」ということが厳しい。

復興用住宅が数多く計画されているというがそれはどういう想定なのか。仙台市のような都市部での想定が数千万円の負担が前提であるのならば都市にはもう住めないということにはならないか。

土地の整備や造成費には補助金が出るらしい。たぶんがれき撤去はすでにその部分に関わっているように見えるので、その延長と考えられたとは思う。阪神淡路の時も仮設住宅から全世帯引っ越しまでは何年もかかったという。

これから数年、何十年も掛かるかもしれない再生に向けてしばらく人の支えというのが必要になるのであろうと思う。もし出来るのであれば既存のまちに目を向けて支え合えるようなコミュニティを形成できないか

東北の人は人見知りが比較的多いかもしれないがなれると懐が深い。そしてそれはちいさなまちのコミュニティ形成に必要な資質だと思う。避難所では壁がなかったが今は仮設住宅となり壁が出来たという人もいる。

高層の復興住宅ではなく壁の存在があまりない住まいのかたち。そういう集合体でも一つのビジョンになるのではないだろうか。例えば全く知らないところにポツンと引っ越して同情を感じるより、支え合い生きていく。

ただ単に内陸部移転、ということだけではなく「共に」再生していくことを考えることのできる場所。一部の場所では工夫して屋台村などをにぎわいのシンボルとしているところもある。

であるならば移転を構想する際に「住まう」シンボル(拠点)をつくるべきではないだろうか。そうすれば自治体以外からの支援、補助となる活動も行いやすくなるし継続性も生まれやすくなる。

そして何よりも声に出して助けを求めなくても、希望がその場所に感じることが出来る。「頑張る」ということももちろん大事だろうが、またこれから寒くなり一層助けを求めたいのに声にならない。そんな人たちのために考えられるのは「住みたいと思える」場所ではないか。


(ツイッターより転載)