仙台市の試算結果は多くて3000万円程度だという。内陸移転を前提としている中、従前地価が下がり、建築費負担がない現状で「住む」ということが厳しい。
復興用住宅が数多く計画されているというがそれはどういう想定なのか。仙台市のような都市部での想定が数千万円の負担が前提であるのならば都市にはもう住めないということにはならないか。
土地の整備や造成費には補助金が出るらしい。たぶんがれき撤去はすでにその部分に関わっているように見えるので、その延長と考えられたとは思う。阪神淡路の時も仮設住宅から全世帯引っ越しまでは何年もかかったという。
これから数年、何十年も掛かるかもしれない再生に向けてしばらく人の支えというのが必要になるのであろうと思う。もし出来るのであれば既存のまちに目を向けて支え合えるようなコミュニティを形成できないか
東北の人は人見知りが比較的多いかもしれないがなれると懐が深い。そしてそれはちいさなまちのコミュニティ形成に必要な資質だと思う。避難所では壁がなかったが今は仮設住宅となり壁が出来たという人もいる。
高層の復興住宅ではなく壁の存在があまりない住まいのかたち。そういう集合体でも一つのビジョンになるのではないだろうか。例えば全く知らないところにポツンと引っ越して同情を感じるより、支え合い生きていく。
ただ単に内陸部移転、ということだけではなく「共に」再生していくことを考えることのできる場所。一部の場所では工夫して屋台村などをにぎわいのシンボルとしているところもある。
であるならば移転を構想する際に「住まう」シンボル(拠点)をつくるべきではないだろうか。そうすれば自治体以外からの支援、補助となる活動も行いやすくなるし継続性も生まれやすくなる。
そして何よりも声に出して助けを求めなくても、希望がその場所に感じることが出来る。「頑張る」ということももちろん大事だろうが、またこれから寒くなり一層助けを求めたいのに声にならない。そんな人たちのために考えられるのは「住みたいと思える」場所ではないか。
(ツイッターより転載)