Talk-onetree |一木 聡 satoshi ichiki |sichiki いろいろなデザインについて考えています.

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2011年12月31日

鑑賞する時間




時代はずいぶんと急ぎ足になり、鑑賞するという言葉が使いにくくなっていると思います。

もちろんすべての人に対してではなく、現代以降のメインストリームでスピードを意識した生活に身を置いているとでありますが。


昔の美術芸術を見ると細密に作られてるものを多く見かけます。

それは今と異なる空気感があったように思います。


例えば一つのものに一日を費やしてもいいような。

例えば一つのものを鑑賞するのに一日を費やしてもいいような。


そういう意識やニーズがあったからこそ、緻密で幾重にも重ねられたものが生まれてくるのではないでしょうか。ただ単に自意識という範疇の中だけでなく、共有できるものだからこそ価値が高かったように思います。

では、今はというと、そこまで深く鑑賞する「時間」も「鑑賞眼」も昔ほどに賑やかなものといえないかもしれません。しかしながら欲しいだけの情報や資料があらゆる角度から手にはいることが出来ます。


であるならば、簡素主義というものが現代の「ファストライフ」に見合っているものであるならば
建築は、空間は、その逆にあるものではないでしょうか。対象は一日ではなく、一生にも関わることです。より練り込まなければ。そう考えます。


2011年12月21日

最近のGoogleDesignについて。



最近のGoogleサービスのインターフェース。シンプルになりましたね。

とても。

正直あんまり評判良くないですけどね。私のブログデザインと考えてることは一緒だと思うんですが、たぶんねらったのは「表示速度」や「機能の簡素化」じゃないかな。と思います。

でもそれに加えて(もしくはそれ以上に)Googleシステムへの統合配慮があるんでしょうね。

GoogleChromeはとても良くできたブラウザで素晴らしいと思います。拡張機能とスピードという新しい可能性が示されたのではないでしょうか。また、Google+についても写真やキャプチャを共有したりページリンクそのものをストリームというデータ共有の場にしてみたりと、このふたつを核にして色々なものを「横つながり」する試みなのでしょうね。

Google自体は色々なサービスを提供している会社とチームを組んでサービスの幅を広げてきたようですが、Google+のデザインを素敵にしたのでそれに合わせて良くしようとしているのでしょうね。

しかし、評判が良くない。

私なりにその理由を考えると、メリハリが無くどのサイトデザインも同じ様に見えるので直感的に覚えにくいのではないのかなと思います。

Googleのサービスは元々説明書など無いので、「わかりやすさ」が必要ではないかと思います。その部分で秀でているのは私個人ではYahoo(Japan)ではないかなと思いますね。見やすくデザインが成されているので入り口がやわらかい。

表示速度や効率化ということも大事でありますが、ただでさえインターネット自体が直線的な世界であるのだから、もう少し有機的に、ユーザーへの優しさのあるものがいいんじゃないかな。と思いました。

以上のことは、実は自分のデザインでもよく考えなくてはいけないんですが。。。
自問自答してみますね。


2011年12月10日

旅順 203高地について

 中国 遼寧省大連旅順口区 203景区より 旅順口をみる | Port Arthur Dalian China.


今、「坂の上の雲」という日露戦争についてのドラマが放映されています。

その戦争の大きな局面となったとされている、203高地に於いて、以前公園デザインを現地政府から依頼されてデザインに取り組みました。今までは戦争のことをよくご存じの年代の方々はとても関心をもたれていたのですが、ドラマ化や大連への旅行などがし易くなり以前よりも身近に感じられるかもしれません。

旅順という地域は大連市に属しており海産物がとてもおいしく、大連市中の大学や経済発展区という経済特区等により急激に近代化しており、遠くもない未来には青島までの地下トンネルが開通するという壮大な計画もあるようです。

この地域は人が純朴で明るく、質素な印象です。戦争の起こる前からそうだったのかと思います。夏は遼東半島で一番暖かく、ロシア人が鉄道でバカンスに来るくらい。海に囲まれているせいか冬の風は寒く極端な温度差がある場所です。

私が仕事で訪れていた頃はまだ、外国人に旅順のすべてを開放しておらずカメラ撮影も一部の観光地のみという感じでしたが、現地政府の案内の元色々な所に視察に行ったのでほとんどすべての部分を(希望して)見て回りました。

戦争による史跡が数多く、旧日本軍と関わりの深い施設の跡も多くあります。大連には文化的な施設が多くありますが、旅順には軍の施設の跡が多くあります。また、川島芳子の育った家などもありました。夏目漱石もこの地を訪れており、大連と共に日本と関わりの深い場所でした。


203高地は中国でも一番ランクの高い自然景観公園区となっていて昔の草木の一本もない戦争時の山の印象とはだいぶ異なると思います。確かにその山は旧市街地を見渡すことが出来、他の山地よりも高く、なだらかな斜面を持つ山で旅順口までしっかりと見える場所。存在自体はそれほど華やかではなく地味なものですが、今でも多くの日本人観光客が訪れています。


現在景区の入り口として観光者に開放されている登り口は戦争時旧日本軍が攻め上った北西側とは反対の斜面です。私はその場所に日本から送られた数千本もの桜の存在を活かしながら、山を登る、という行為を大切に考え「祈りの道」というのを考えました。山頂まで一直線に登る坂道です。それは、現地政府から好評を得ました。


旅順という場所は大陸というより、島に近い半島の先端です。
その場所だからこそ、航海の要所、海へと近い拠点として昔から翻弄されてきたようです。


「ナマコがうまいだろう、刺身も捨てたモノではないだろう。」と私に人なつっこく話しかけてくれ、海や山が好きで健康的で、のんびりとした人柄を持つこの地の人々に私の郷里に近いものを感じていました。何となく写真を構えてもすべてがセピア色に写っているようなそんな感覚も何か不思議な気持ちにさせます。


この地での戦争という歴史は二度と繰り返したくない出来事です。ここで生きた人たちの思いが新しい国々のつながりになることを願っています。

節目に自然と


大磯  神奈川県 | OOISO kanagawa.




自分の立場だったり環境だったり、大きく変わろうとしているとき。そんなときは少しでもいいので自然の風景、自然のエネルギーに触れたくなります。

何故なんでしょうね。もう一踏ん張りで自分も頑張らなくては。ということなのでしょうか。

ともかく節目節目になるとき、仕事や小難しい人間関係を差し引いて自然の中に身を置いてみたくなります。やはり、人は自然に還るのでしょうか。

でも、考えてみれば人間というのも自然の一部で、ずっと見ていても飽きないというのは何となく同じような感覚だなあとも思います。