Talk-onetree |一木 聡 satoshi ichiki |sichiki いろいろなデザインについて考えています.

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2011年12月10日

旅順 203高地について

 中国 遼寧省大連旅順口区 203景区より 旅順口をみる | Port Arthur Dalian China.


今、「坂の上の雲」という日露戦争についてのドラマが放映されています。

その戦争の大きな局面となったとされている、203高地に於いて、以前公園デザインを現地政府から依頼されてデザインに取り組みました。今までは戦争のことをよくご存じの年代の方々はとても関心をもたれていたのですが、ドラマ化や大連への旅行などがし易くなり以前よりも身近に感じられるかもしれません。

旅順という地域は大連市に属しており海産物がとてもおいしく、大連市中の大学や経済発展区という経済特区等により急激に近代化しており、遠くもない未来には青島までの地下トンネルが開通するという壮大な計画もあるようです。

この地域は人が純朴で明るく、質素な印象です。戦争の起こる前からそうだったのかと思います。夏は遼東半島で一番暖かく、ロシア人が鉄道でバカンスに来るくらい。海に囲まれているせいか冬の風は寒く極端な温度差がある場所です。

私が仕事で訪れていた頃はまだ、外国人に旅順のすべてを開放しておらずカメラ撮影も一部の観光地のみという感じでしたが、現地政府の案内の元色々な所に視察に行ったのでほとんどすべての部分を(希望して)見て回りました。

戦争による史跡が数多く、旧日本軍と関わりの深い施設の跡も多くあります。大連には文化的な施設が多くありますが、旅順には軍の施設の跡が多くあります。また、川島芳子の育った家などもありました。夏目漱石もこの地を訪れており、大連と共に日本と関わりの深い場所でした。


203高地は中国でも一番ランクの高い自然景観公園区となっていて昔の草木の一本もない戦争時の山の印象とはだいぶ異なると思います。確かにその山は旧市街地を見渡すことが出来、他の山地よりも高く、なだらかな斜面を持つ山で旅順口までしっかりと見える場所。存在自体はそれほど華やかではなく地味なものですが、今でも多くの日本人観光客が訪れています。


現在景区の入り口として観光者に開放されている登り口は戦争時旧日本軍が攻め上った北西側とは反対の斜面です。私はその場所に日本から送られた数千本もの桜の存在を活かしながら、山を登る、という行為を大切に考え「祈りの道」というのを考えました。山頂まで一直線に登る坂道です。それは、現地政府から好評を得ました。


旅順という場所は大陸というより、島に近い半島の先端です。
その場所だからこそ、航海の要所、海へと近い拠点として昔から翻弄されてきたようです。


「ナマコがうまいだろう、刺身も捨てたモノではないだろう。」と私に人なつっこく話しかけてくれ、海や山が好きで健康的で、のんびりとした人柄を持つこの地の人々に私の郷里に近いものを感じていました。何となく写真を構えてもすべてがセピア色に写っているようなそんな感覚も何か不思議な気持ちにさせます。


この地での戦争という歴史は二度と繰り返したくない出来事です。ここで生きた人たちの思いが新しい国々のつながりになることを願っています。