Talk-onetree |一木 聡 satoshi ichiki |sichiki いろいろなデザインについて考えています.

プロフィールはホームページをご覧下さい.http://sites.google.com/site/onetreecom

2011年8月28日

おもしろどうぶつ展


Cat2011-01 三沢厚彦 横須賀美術館

ウチの奥さんの妊娠もあり、タイミング見ながら是非行きたかった美術展。
行って参りました。

どうぶつというと、なんだかおもしろそう。

そう、おもしろそう。でも、竹内栖鳳の屏風もあったりして、おもしろさと迫力のギャップ感が現代風。でも、よく考えられた展覧会でした。
伝統文化の象徴ともいえる屏風のダイナミックな「迫真の表現」。そして大正、明治期における西洋文化の渡来からなるサーカスなどの一風変わった「好奇の視線」。そして現代の「どうぶつと芸術家」。時代が移り変わるにつれどうぶつの表情が変わり形さえ変わっていく。

私なりに、これらはその時代その時代のひととどうぶつとの関わり合いがあるのかなあと思いました。

江戸らへんではイメージ強さや美しさ、時にはかなさを構図から。まるでそこに実物と対峙しているように。

大正では文明開化とロマン。動物と愉しむ場という新しい空間、不思議な世界。

そして現代に移り、ぐっと近くなる。「みんなのどうぶつ」時にはぴったり寄り添ったり、散歩したり。

これらはぐっとにらみつける迫力からデフォルメされておもちゃになるという。


虚像からモチーフ。

ひとりでなるほど。と思いました。



2011年8月27日

カメラ。

          (C) 2011 Yahoo Japan Corporation.


RICOHのGRDというカメラを現在メインに使っています。
その前もRICOHのGX200。デザインが好きなんですね。
でも、GRDがRICOHカメラデザインの原点みたいで。色々テストを繰り返して付け足して。そぎ落として。やっとこの形になったというストーリーがあって。カメラらしいデザインが好きです。

画質についてはあんまり細かいところまでわかんないのですが、GX200の方が発色が強く魚眼的でドラマティック。GRDはボヤッとしないで、ひずみが無く等倍でも綺麗。RICOHカメラは広角や近撮撮影がすごく綺麗なのが職業柄気に入ってます。

様々なシンパの多いこの機種ですが、自分らしいのが撮れればいいかなと。絞りを自分なりに考えながら土門拳みたいにビシッとしたのを撮りたいなんて思いながら、結局ほぼ家族主体に撮るのを楽しんでいます。




2011年8月24日

都市マスや建築は





建築がまちにおかれる時のひととの関わりというのは、今までの日本のように意味や理由が曖昧で抽象的なものではなく、具体的な存在事由があることがより求められていくのではないか。ツイートひとつでも意味のある世の中。建物やマスタープランとはみんなが興味があること



都市マスはルールに近い目標ではあるけれど、個人的な判断は自治体の長であっても善し悪しのディレクションというのは難しく、かといって研究者が自治体の意向を翻すこともないだろう。マスタープランというのは「一番重要な都市の設計図」ではなく「このまちの羅針盤」のはず



つまりこれらの「まち」に関わることは日常であるのだから、より生活者が観点を持っていいことではないかと私は考えているのです。



(新建築ユーストについての所懐。 ツイッターより転載)







2011年8月21日

美しい雨



世界遺産になった岩手県平泉。そこに隣接していた衣川村というところがあります。そこで昔、農村家屋の調査をして回るアルバイトをしていました。その村は街灯がほとんど無く、日本で一番夜空の星がよく見えるということを自慢にしていました。山間の東北に顕著な村。


その頃は夏で若干涼しくなって来はじめの頃でした。天気は変わりやすくスコールがさーーっと(本当に他のノイズ無くさーっとという感じ)よく降ったのですがその時調査農家の下屋で少し雨宿りさせて貰いながら田んぼに斜めに突き刺さる雨をじっと見ていました。疲れていたというのもあるのでしょうが、そのしーんとした自然の中で得られるさらなる静寂。



心が洗われていくような、リフレッシュするような不思議な静寂に包まれながら、私はこれを空間で表現したいんだとその時から想っています。













2011年8月20日

2011年の夏から考える



江ノ島大橋より富士 神奈川


最近会う人とよく話すのが、「気温の高さ」
私は幼少を仙台と東京で過ごしましたが、冬は仙台にいた頃はそり滑りができたし、東京にいても雪合戦や山手線が運休っていう大雪なんか時々あった。べちゃべちゃの雪。


「温暖化」っていうのは地球全体の事であっても身近なエネルギーから排出されるからっていうのが震災前の未来への提言であったけど、原子力発電というのは温暖化の緩和策という考えもあって今もそれは世界でクリーンエネルギーとして大きくとらえられている。


そして、私たちの夏。とても暑い。ただし太陽光を受け止めるほど広くはないこの国土で訴えていくことは、地熱や上流からの水力、川辺・山間の風力ではないか。大昔に学ぶことをやめてはならないと思う。生きるために必要なものと壊してはならないもの。それは身近な生活に密接に関わっていると思う。




 
 

2011年8月14日

廃校の今後は


某中学校 東京都

わたしが在学していた中学校です。現在廃校になっています。
この学校ではないのですが、以前に廃校を特養施設にするという計画に携わりました。地元住民の意向を丁寧に聞きながらまとめたうえで策定する自治体の計画案でした。学校は災害時、地域住民の安全確保の拠点としての資質が高く、機能更新する際もこのことが第一に考えられていました。
今後自分の学校がどのように生まれ変わったかを目の当たりにした時、地域資産としてのありがたい学校跡地には「記憶」が残されていくのでしょうか。

2011年8月13日

大連の冬、夜明け



大連 中国遼寧省

私が現地で仕事をしていた時の写真です。当日の最低気温-15℃。プラス海からの風で手足が痛い。でも朝の日の出の瞬間は空気が澄んでいて綺麗でした。大連の人たちは日本人に親切で優しいです。時々届く中国のニュースを見ているとまっさらな日の出と中国の人たちの無垢でひたむきな空気を思い出します。負けていられんな!って思います。

2011年8月12日

東山魁夷の筆


東山魁夷 「冬華(部分)」 東京国立近代美術館

本人曰く「北欧の風物」「夢幻的な雰囲気が描きたかった」とある。

この画だけでなく、ほとんどのもので枝一本に存在感、生命すら与えるように描いてあり、全体に構成の強さと立体感を与え、純粋な構成が力強い。
それでいて全体は調和しており、日本画らしい濃淡が隅々にまで効いている。

そのためにはこの詳細写真が示すようにまるで自然そのもののような素材感、それぞれの存在感の調和というものに到達していると思う。この画の全体では光というものが主題となっているがそれはあくまで第一印象でしかないものであった。


プロポーションは



国立西洋美術館 東京 

17年ぐらい前に免震工事を行っていて、優しい学芸員の方に建物案内をしていただいた。その時に伺った興味深い話は、柱のプロポーション。

コルビジェの本来の太さではなく、日本の規格にあわせてこの太さになった。ということでした。故坂倉さん設計のパリ万博の日本館も細いが、独特の浮遊感が出ないんでしょうね。
しかしながらおおよそ3階建てのこの建物ですが、現代の設計であれば、さらにもっと太いかもしれませんね。(だからこそ免震にしたのかもしれませんが)

大きな吹き抜けに柱がど真ん中に立つなどナンセンスは考えられない現代の設計の中でこの吹き抜け、この柱の太さとのプロポーションはどういう風な位置づけになるのでしょうね。世界遺産に登録、されるかな?