Talk-onetree |一木 聡 satoshi ichiki |sichiki いろいろなデザインについて考えています.

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2012年4月22日

唐招提寺・天平の甍


奈良市五条町 唐招提寺伽藍と飛ぶ鳥 川遠くに見る唐招提寺の森 | TOSYODAI-JI Nara.


井上靖の「天平の甍」を読んで、仰ぎ見ると
何ともいえぬ、感慨がある。
そんな気持ちになった人はこれまで多くいるのではないだろうか。
運命というもの、時代を紡ぎ合わせるということを感じさせる。

伽藍には動の面と静の面がある。

動の面には金堂や鼓楼、講堂などが配され、
軸上に馬道のある礼堂などが規則的に近接して立ち並んでいる。
それは、法隆寺のそれと似てはいるもののもっと近接している。
そして更にどうしても機能的に離すことの出来ない戒壇が離れて同じ軸上にならんでいるのも戒律を重んじるこの寺であるからこそか。いずれにせよ、裁判所のような機能ではあるもののことさら明るくからっとしている。

静の面には鑑真和上が無くなった場所とされる御廟、和上の像を安置している御影堂等に漂う空気感は奈良ではあまりなく路地的空間を織りなす京都の大徳寺や、木漏れ日のある西芳寺の境内を思わせる。

全体的にコンパクトであり、見るのはあっという間に終わるようにも思うが、金堂をはじめとしてひとつひとつの空間が丁寧に扱われており千仏の光背をもつ本尊や千の手を持つ観音様のものすごい存在感もただただ伽藍に溶け込み、全体が小振りな分、鑑真和上の精神が散らばらずに受け継がれその時代を感じられる収蔵品からも天平というその時代の豊かさや美しさに出会えるのではないか。
(天平の甍そのものも安置されている)

法隆寺はもちろん素晴らしいが、この寺にも柱や大手や鴟尾など見所が多くディテールの集まり全体をあっさりと統一感のあるようにまとめているようにも見える。

また、秋篠川(西堀川)からぐるりと回っていくと唐招提寺のこんもりした森を背景に園児が歩いていたり、釣りをしている人がいたり、小さなお堂に地域でお祈りをしていたりと何か清々しい空の大きさや水が育むこの周囲の穏やかな空気と出会えた。

物真似ではなく、本来のものを迎え入れるという大きな転換期。
そしてそれが日本独自のものを生む本当の出発点であったかもしれない。


天平ロマンという言葉はまだ生きている言葉かどうか分からないが
この寺を見ると、なんとなく、分かる気がする。