Talk-onetree |一木 聡 satoshi ichiki |sichiki いろいろなデザインについて考えています.

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2016年6月4日

オルセー美術館・オランジュリー美術館所蔵 ルノワール展



Bal du Moulin de la Galette.© Musée d'Orsay


ルノワール曰く、絵とはコルク栓が水の流れに乗るようなものだということです。それほどまでに絵画とは自然の流れの中で生まれる、生きることと同様に人の生活の隣にあるものであったようです。

今まで、私の中でルノワールとはポピュリストと勝手に位置づけ、きちんと触れ合う機会は無かったのですが、絵画本来の在り方をその特徴に見た気がします。(テーマが遠く離れたものでなく現代生活のありふれたものであること/人生の幸福を描いたものであること/絵とは楽しいもの、それを表現の源としたこと)

同じ時代、同じ場所で生きたゴッホの絵も有りました。ゴッホが同じものを描く時、色彩のマチュエールではなく輪郭や合成的な塊を取り出すように表現しています。まるでベクトルが自分に向いているかのように。踊りの場でも人ではなく建物が真ん中にあったり、離れてみたりちょっと目線が違うもので自分を投影していたかのようです。生きることが難しく、苦しいこともあったゴッホの生き様のよう。

ルノワールの特徴として、最後まで悲しい絵を描かなかったということですが、たぶんそれはイメージであってそんなことは無かったと思いました。ルノワールの生きていた時代はなんとなく灰色で愉しさを求めて上図のムーラン•ド•ラ•ギャレットの様な光景があったのでしょうし、その中にも憂鬱や悲しみが有ったと思います。しかしながらそれを可哀想と見るか愉しそうと見るかは見る者に委ねられており、カラフルで柔らかい印象もあってそういうものとなっていると思います。しかし、最初から涙を書くわけではなく、冒頭の様に極々自然の流れの中で生まれるものであったことだと思います。

・植物と自然に立体や光の描写が生まれだした「セーヌ川一連の作品」
・暖かい木漏れ日と穏やかな日常生活が溢れるような「ぶらんこ」
・人々が集い明るさと楽しさが隅々まで描かれた「ムーラン•ド•ラ•ギャレットの舞踏会」
・「田舎のダンス」と「都会のダンス」のコントラストは作者も夏と冬と例え、飾られ方も違っていたのかと想像されたり
・まるで近くにいる大事な人たちをきちんとした描写で残すために努力をしていたようなデッサンの数々
・”豊かなボリュームと輝くようなバラ色の肌を合わせ持った”裸婦像

また、どの絵画も素晴らしく保存状態がよくかなりきめ細やかに修復が成されていたことや、ピカソも7枚所有して自身もトレースいていたということもあり、特に愛され続けれている作品群である事がよく理解出来ました。

ひとの嬉しい、楽しい、愛する思い出は「淡い」という表現が用いられますが
これらの曖昧で柔らかで、まさに淡く色鮮やかな作品群はひとの想いの美しいところに話しかけててくるものなのだなと思いました。