伊勢についての印象は、その清々しさです。
伊勢を好きで何度も通われている方にお話を伺っても清々しさを仰います。
伊勢自体を分析することに興味を持ちましたが
やはり式年遷宮に合わせ常若と言うことを清々しさとともに考えてみます。
伊勢神宮の「常若(とこわか)」という考え。
人工的で限られた命である建築を、限りなく流れていく自然の美しさ
神の生まれ変わりのように永遠を与えていく。
伊勢について印象深い「水」。
水は人に、その流れを見せてくれます。その流れというものは人の
一生、時代の流れにも変わらず脈々と流れるもの。
日本における神様の考え方として自然の中に神は宿るというものが
ありますが、常に清らかに流れる水の流れそのものに「常若」を
象徴化、具現化しているように思えます。
山についても間伐がないと林床に光が届かないのですが
社のために山の樹木を活用するのは同じように思想をなぞらえている
と思います。
あらためて、伊勢を訪れるとき自然と対峙することがメインで
その流れの中に神の社があるということを感じることが出来ました。
日本に数ある社寺仏閣でこのような自然の中にあるべき姿を保っているのは
数少ないかもしれませんが、本来の姿・有様というのはそうあるべきもの
なのでしょう。それに清々しさを感じるのは人本来の感性かもしれません。
都市化高密度化していく現代の中で、
これから「常若」はどのように感じられ、現れていくのでしょうか